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友だちはもういらない・この「遊び場」があればリアルは充分

人間関係

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http:// no-daisy-bonesno-daisy-bones.tumblr.com

物事は変わるし、友だちは去っていく そして人生は誰にとってもとまることはない

 

人間関係という修行のやり直し

 

上の子のPTAをやっていた昨年のある日のこと、ランチのお誘いを個人的に受けました。学校行事で我が子の写真を撮って送ってくれるなど、親しげにしてくれた人だったので、久しぶりに新たなママ友ができるかもとワクワクして出かけました。

けれど会う途中で気づいたのです。

「ああ、あれか・・・。そうだとしても今日を楽しもう。」

 

案の定、ある活動の勧誘でした。

丁重にお断りしたのと同時に、何も聞かなかったことにしようと思いました。(本来PTA活動を利用してのそれは禁止)

実際はその人よりはるかに上なのに、年下に思われていたため誘いやすかったようです。(これだけでもよしとしました?)

 

あと数年で卒業できます。結婚して子供を持った女性が入る「ママ大学」のことです。

 

学生とOL時代で終えたと思っていたにもかかわらず、女同士の新たな人間関係とつきあいが、ここで一からやり直しさせられたのです。

公園デビューから幼稚園、公立・私立にかかわらず小中高での「○○ちゃんのママ」という、ビミョウな表向きの顔とお役目は自分のアイデンティティなどある意味消し去ります。

 

このような子供を通じてのママ友つきあいと、上の子のPTAが終わったら次は下の子という風に学校がらみの役目に容赦はありませんでした。

もちろんママ友時代のおつきあいが、その後も続く人もいるとは思いますが、振り返って見ると私の場合はどれも期間限定でした。

その時々で、ほどよい距離感をおく必要があるように思ったからです。

子供が小さいほど自分自身も未熟なため、近づきすぎてしんどくなったりするなどの経験を積みながら、少しずつ学習していったのです。

わが子のでき具合や(優等生だったらどれだけいいか・・・?)どの塾や私立に行かせるかなど、超えてはいけない微妙なラインに気を配りつつ、コミュニティにそっぽを向かれない程度の関係性を維持していました。すべては子供のためです。

 

土地柄もありますが、PTAで親しくなった人の家に何気に招かれて行ってみたら、あまりに豪邸だったため格差を感じるなど、子供を通してだけでなく、その家のステイタスも加味してのおつきあいを考えさせらたこともありました。

 

ママ同志で家に行き来したり、ランチ会での学校の情報交換、夫やお姑さんの話で盛り上がったりと、お付き合いそのものは、それはそれで楽しかったのですが、当たり障りのない関係も子供の卒業までです。周りを見ても同じような感じの人が多い気がします。

 結論「ママ友つきあいは離れすぎず、近づきすぎず、そつなく」

 

長かった大学でのおつきあいにも、ようやく角がとれてきた頃には卒業というわけですが、狭い世界にもそれなりにいろんな人がいて勉強になりました。

 

リアルの友人関係はもういらない?!

 

今後もママであることには変わりありませんが、内心ホッとします。

リアルでのおつきあいはもう充分で、その後は新たな世界が広がっているようでもありますし、自由の身になれるのでうれしいです。

 

私くらいの年齢になると、人生で背負い込む荷物が多くなります。

皆いい大人なのだから、置かれている状況をむやみに人に触れ回ることもしないし、また周りも詮索しないものです。

人それぞれで違うのだから、それぞれ好きにやったらいいのです。

 

だから今リアルで新しい友達が欲しいかどうかと聞かれたら、答えはノー、「もういい」です。

 

今さら学生やOLの頃のような「素のままの自分」が持つことのできた純粋な友人関係を作ることは無理なような気もしますし、事足りているのです。

 

リアルでのつながりなら、昔の友人と時々会って話したりしますし、家には本音で話せる友だち?も一名いて、気が向けば一緒に出かけます。多くは望みません。

 

「事足りてる」と思う理由としては、ママ友つきあいを卒業したことと、今の自分には十分すぎるほどの「大人の遊び場」があるからです。

インターネット上で、その他大勢に埋もれながらも自分のアイデンティティを保てる場です。

http://no-daisy-bones.tumblr.com/post/145823400450

それぞれに自由と居場所というものがある

 

今の私にとって、はてなブログはもちろん、タンブラーやピンタレストなどのSNSで、世代や性別を超えて世界中の誰かと「見たよ」「イイね」「スキ」の感性でつながったり、一瞬でも共有しあえる時間ほど楽しいものはありません。

 

その意味で他のサイトもそうですが、自分のこんなブログに訪問して下さる方、楽しいブログを提供してくださる方には感謝しています。

 

今はこの遊び場が楽しくて仕方ないのです。これまでで一番自由で、義務感など無用の行きたいときだけ行ける、ラクでゆるりとしたつながりの場です。

 

はてなブログでのブクマとコメントのこと

 

さて、「はてなブログ」にきてから約半年、「郷に入れば郷に従え」で様子見をしてきたのですが、現段階でブクマのつけかたについて、やっと腑に落ちる考え方に出会いました。「Glocal Life」さまのこちらです。(いつも学ばせてもらっています)

www.glocallife.net

コメント欄だと、その作者相手に直接語りかけている感じで、

作者の方も「反応を求められているのかな?」と感じて

プレッシャーになるかもしれないと思いますし、


ブクマでしたら、読むも読まないも作者の方の自由で、直接反応を求めていないですし、

私のコメントが、何らかの理由で、もし作者の意に沿わないにしても、

ブクマが一つ付くってだけで、喜んでくださる方は多いのかなと思うからです。

 上記から引用させていただきました。

 

ブクマコメントは、つけられた方にとってコメントバックが不要なので、余計な気遣いをしてもらわなくても済むと思っています。

もちろん自分のところはいつでもコメントは大歓迎です。

 

その場の雰囲気もあるので節度を保ちつつ、私は好きなブログにはファンが人気投票に一票投じるというような感覚でブクマコメントさせてもらっています。

 

何の見返りも求めておらず、ただファンだから、好きだから、面白いからという理由でブクマさせてもらっているだけなので、無視してもらっても一向に構わないのです。

 

丁寧な方はブクマに星をつけて下さるのですが、もらった時は見てくれたとうれしいですし、反応なしでもそれはそれで気が楽なのです。

 

またブクマコメントが頻繁にされていないようなブログなら、雰囲気を壊さないように星をつけることで応援させてもらっています。

 

SNS疲れなどという話もありますが、リアル社会はもう十分で事足りてると思う私にとっては、好きなことを自分のペースで楽しめるというこの自由がどれだけありがたいことか・・・。

 

飽き性なので今後どうなるかは予想がつきません。もしかしたらそのうちどこかへいくことも考えられます。けれど現時点ではブログやSNS上でも、リアルと同じ節度と距離感をキープしつつ「今この瞬間を楽しみたい」と思っています。

 

「Glocal Life」さまで語られていた好きな表現です。

自分の書いたことが誰かの心に届くかもしれないし、届かないかもしれない、それはそれでいいのだ・・・。

 

最後までお読み下さりありがとうございました。

 

soboku-kobe.hatenablog.com